大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和22年(ワ)1280号 判決

原告 株式会社大和銀行

被告(被参加人) 株式会社 富士銀行 (補助参加人) 川北敬二

一、主  文

原告の請求を棄却する。

原告と被告との間において生じた訴訟費用及び原告と参加人との間に生じた訴訟費用は各原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金四十七万五千円及びこれに対する昭和二十二年十二月二十四日から支拂済迄年六分の割合による金員を支拂うべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決と仮執行の宣言を求め、その請求原因として原告は被告銀行岡山支店が昭和二十二年一月二十五日振出した(イ)金額二十万円、振出地岡山市、支拂人被告銀行大阪支店、受取人川北敬二(ロ)金額二十七万五千円、その他(イ)と同様なる小切手二通を受取人の裏書を経て取引先から預金として受入れその所持人となつたので、これを交換に付し同年二月四日被告銀行大阪支店に支拂を求めたところ「支拂停止」という理由で支拂を拒絶せられた。その後原告は屡々被告に対し右小切手金の支拂を求めたが被告はこれに應ぜず、その間呈示期間満了の日から六箇月を経過し時効によつて右小切手上の権利が消滅したが、被告は本件小切手の振出に当り、その資金の受入を爲し小切手の戻入を爲さずして資金を還付せらるべきものでなく時効完成によつて金四十七万五千円相当の利得を爲したものであるから右利得金及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十二年十二月二十四日から支拂済迄商法所定の年六分の割合による損害金の支拂を求めるため本訴に及んだと陳述し、

被告の主張に対し記名式小切手に小切手法第十六條に規定するように白地式裏書即ち受取人の署名捺印のみで裏書を爲すことを得るものであつて、本件小切手は受取人川北敬二の署名捺印による白地式裏書によつて訴外森田光治に交付せられ、その後原告が所持人となつたものである。そして原告銀行生野支店は裏書人川北敬二の署名捺印の次に受領を証する文言を記載し交換経由で被告に支拂を請求したのであるが、被告銀行大阪支店は川北敬二と原告銀行生野支店の記名調印との中間空白に支拂拒絶の宣言を記載したのであつて、順序が適当でないのは被告銀行大阪支店の文言記載の便宜によるものである。

又銀行は預金者から受入れた小切手が不渡となつたときには小切手の所持人として債務者に償還請求の手続を爲す手数を避けるため、入金を取消し或は預金者に現金の入金を求めることがあるが、入金小切手の決済を待つて始めて預金となるのではなく、小切手による入金当日が預金の日となるのである。即ち一定の区域内の小切手は受入によつて直ちに預金となり銀行は小切手の所持人となるが不渡の場合に銀行から小切手上の債務者に償還請求をするか、入金者に買戻を請求するかは銀行の選択によつて定まるのである。本件小切手には「取立の爲」「回收の爲」等單なる委任を示す文言の記載なく、又大阪市内の銀行不渡小切手であるから受入と同時に原告が小切手上の権利を取得し正当な所持人となつたのである。殊に本件小切手は銀行振出の小切手であつて同業者においては現金同様に取扱はれるものである。原告銀行生野支店では本件小切手入金後直ちに被告銀行岡山支店振出の小切手なりや否やを確める爲め、備付の帳簿によつて支店長名、印鑑等対照の上正当のものと断定したのであつて原告には毫も過失の責がない。

更に又利得償還請求権を行使するには振出人が利益を受けたことをもつて足り所持人が現実に損害を蒙つたことを必要としないが原告は現実に損害を蒙つている。即ち銀行が預金として受入れた小切手につき直ちに預金の拂戻請求を受けたときには、その小切手が決済せられること確実である場合には預金者の便宜の爲これに應ずる慣習が存在するのであるが、原告銀行は右慣習に基き本件小切手が決済確実なものであり正当小切手であることを確認して訴外森田光治(丁光夏)の当座預金に受入れ交換決済を待たずに同人の要求に従い同額金員の支拂をしたのであると陳述し、

参加人の主張に対し参加人と訴外森田光治との間に昭和二十二年一月二十六日地下足袋一万足の取引があつたことは認めるが代金は七十五万円で引渡期限は同月二十九日であつた。そして参加人に不履行のあつたときは内入金四十七万五千円を森田に支拂う約定で本件小切手を参加人から森田に白地式裏書をして交付したものであるがその後履行期日は同年二月二日に、更に同月四日に延期され、森田は同年二月二日、日本通運玉造店扱で契約荷物の積込を完了したが二月四日本件小切手の不法支拂停止があつたのでこれを積卸をしたところ日本通運から荷物の積込を全般的に取消すことは今後の取引に影響ありとの申出があつたので、森田は巳むを得ず他に送付する地下足袋箱入十個を参加人の荷扱駅である綾部に送り綾部で荷受して他に送荷せんとしたところ参加人は右十個を受領してしまつたのである。参加人主張の森田と参加人との間に右両名間の前記取引を解消して本件小切手を返戻する條件の新規契約が成立したことは否認する。

小切手法第二十三條によれば小切手の裏書に單なる委任を示す文言あるときは債務者(小切手振出人)が所持人に対抗することを得る抗弁は裏書人に対抗できる抗弁に限るのであつて、然らざる限り債務者は裏書人に対する抗弁をもつて所持人に対抗することができないのみならず、本件小切手の債務者である被告は善意の小切手取得者である原告に対し支拂を拒絶し得べき何等の抗弁を有しない。殊に参加人の主張する事由の如きは仮に存在するとしても裏書人と訴外森田との間のことであつて善意の手形取得者である原告に対抗し得べきものではないと陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として被告銀行岡山支店が原告主張の小切手二通を参加人川北敬二を受取人とする記名式小切手として(指図式又は持参人拂式小切手に非ず)振出したこと、右小切手が原告主張の日時交換経由で呈示せられ被告がその支拂を拒絶したことは認める。

参加人川北敬二は京都府何鹿郡中上林村農業会の職員であるが同農業会は某ブローカーから地下足袋数千足買受の約定を爲し現品が岡山に在るとのことで現金を同地に持参したが結局大阪市で受渡しをするということになつたので現金携帶の危險を避ける爲め、その送金方法として昭和二十二年一月二十五日現金四十七万五千円を被告銀行岡山支店に交付し受取人を川北敬二とする記名式小切手二通を受取つたのである。同年二月三日右送金取組本人であり小切手面の記名受取人である参加人川北敬二が大阪東警察署の田中光久巡査と同道で被告銀行大阪支店に來行し支拂停止の申出があり同支店は警察官同道のことでもあるので、右本人及び警官の自署捺印の支拂停止依頼書を徴して支拂を停止した。そして翌二月四日原告銀行生野支店から交換経由で右二通の小切手の支拂呈示があつたが、裏書は参加人川北敬二のみでありその本人が支拂停止の申出をしているので支拂を拒絶したのである。

小切手の権利者が直接銀行に支拂を請求し又はその取立を銀行に委任する場合その受取を証する爲め権利者が小切手の裏面に署名捺印して支拂銀行に交付するのが銀行取引における商慣習であつて、本件小切手にはその裏面に参加人川北敬二の署名捺印があるから記名式受取人川北敬二が権利者とみる他はない。尤も本件小切手の裏面末尾に原告銀行生野支店の記名捺印があるが記載の順序から被告銀行大阪支店の支拂拒絶後記載されたものと認むべきである。從つて原告銀行生野支店は参加人川北敬二から本件小切手の取立委任を受けたのに過ぎないのであつて小切手上の権利者ではなく、右小切手上の権利の時効消滅によつて損害を受ける理由がない。

原告は本件小切手を預金として受入れたと主張するが銀行取引をする預金者が他人から取得した手形小切手等を自己の取引銀行に入金する場合は銀行がこれ等のものを買取るという特別の場合の外は取立委託であり、その手形、小切手等が取立てられることによつて現金預金と同一の價値を有することになりここに始めて預金となり銀行はその日から利息を附し又は預金者の預金引出の請求に應ずるのであつて、預金者が銀行に手形、小切手等を交付しても銀行は直ちにその権利者となるものではなく、取立のため委託を受けて保管するに過ぎない。その結果右小切手等が現実に支拂はれる以前に銀行が預金者にその金額を支拂つたとすれば未だ預金となつていないのに金を渡すのであるから預金者に対する貸金となるのである。原告が本件小切手の支拂以前にその金額を取引先に渡したとすればそれは貸金をしたのであるから小切手が不渡りとなればその貸金の返還を求めれば足り、小切手が不渡りとなつたからと言つて直ちに損害を蒙つたということはできない。

又原告は被告が利得をしたというが本件小切手は参加人川北敬二が商品買入の代金支拂方法として送金小切手の取組をしたのであるから右小切手上の権利が時効によつて消滅したとすれば被告は送金委託者である参加人にその金額を返還すべき立場に在り何等利得はない。

仮に然らずとしても、原告が森田光治からの本件小切手の受入に対し支拂つた金額は二十数万円であるから原告の損害はその限度に止るものであり、小切手金全額の償還を求める原告の本訴請求は理由がないと陳述した。<立証省略>

参加代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として京都府何鹿郡中上林村農業会では村農民のため地下足袋を大量に入手すべく舞鶴市の訴外今中新太郎にその註文をしていていたが、同人から地下足袋が有るとの通知を受けたので同農業会職員である参加人は代金を携帶して米子市、東城町及び岡山市に赴いたが結局現品は大阪市に在るというので大阪市に赴くことになり途中現金所持の危險を虞れ参加人は被告銀行岡山支店に送金小切手の取組を委託した本件小切手の振出を受けて大阪市に向う途中西宮駅で下車し同市の旅館で某ゴム会社の社長で地下足袋所有者と称する訴外森田光治と会見したところ、昭和二十三年一月二十六日森田から契約の締結を強要され巳むなく参加人名義で地下足袋一万足を代金九十五万円で森田から買受け引渡期日を同月二十九日と定め、内金四十七万五千円の支拂として本件小切手二通を森田に交付し、期日迄に森田が契約不履行のときは内金の倍額を返還し、農業会が不履行の場合には内金を没收されても異議がない旨の契約した。ところが引渡期日となつても現物を見せないので期限を同年二月二日迄延長したが依然要領を得ず結局右契約は森田の債務不履行に了り、同人は川北に本件小切手を返還し且同額の損害金を支拂う義務を負担するに至つたものである。

その後同月九日森田の代人である訴外大代某及び今中新太郎等と農業会に於いて会合し種々交渉の結果森田川北間の契約は解消の儘とし先に森田に交付した小切手は農業会に返還し、今中は森田から地下足袋五千足を買受け代金は森田から農業会に小切手を返還するのと引換に今中から森田に支拂い今中は右小切手を農業会に返還し農業会は今中から右地下足袋五千足を買受ける旨の契約が成立したが、大代は小切手の支拂停止により森田が信用を失墜したと称して信用回復の方法を要求したので小切手を農業会に返還することを條件として甲第二号証を作成し今中に交付したのである。

以上の通り本件小切手は森田から参加人に返還せらるべきであつて、参加人は本件訴訟の結果について重大なる利害関係を有するから被告を補助する爲め本件訴訟に参加した次第であると陳述した。<立証省略>

三、理  由

被告岡山支店が昭和二十二年一月二十五日(イ)金額二十万円振出地岡山市、支拂人被告銀行大阪支店、受取人川北敬二(ロ)金額二十七万五千円、その他の要件(イ)と同様なる小切手二通を振出し原告銀行生野支店が同年二月四日右二通の小切手の支拂呈示をしたが支拂を拒絶されたことは当事者間に爭がない。

そして証人藤田憲及び森田光治の証言を綜合すれば訴外森田光治は昭和二十二年二月初旬原告銀行生野支店に受取人川北敬二の白地式裏書のある本件小切手二通を預金として交付し即日同支店から金二十数万円の支拂を受けたことが認められる。

そこで銀行が第三者を支拂人とする小切手を預金として受入れた場合の預金者と銀行との間の法律関係について考えてみると鑑定人吉井富士男の鑑定の結果によつて認め得る右の如き場合受入銀行は通常受入小切手の取立の委任を受けるに過ぎないものであつて小切手上の権利の譲渡を受けるものでなく、從つて受入銀行が受入小切手の取立前預金者に対し拂戻を爲すことがあつても、これは預金者の資力、信用等を考慮した上受入銀行の危險において預金者に貸付を爲すものであつて受入小切手の決済確実なときでも小切手の受入のときに預金があつたのと做し、預金の拂戻として預金者に支拂を爲すものでない事実及び預金は通常消費寄託と称すべきであつて、消費寄託の性質上以上の如き場合においては受入小切手の取立を俟つて始めて消費寄託が成立するものと解すべきものであることを綜合すれば、本件においても森田光治は原告銀行生野支店に本件小切手を交付してその取立を委任し、且つ取立済の上は取立金額を消費寄託となす旨を約し原告銀行生野支店も亦同訴外人から本件小切手の取立委任を受けてこれが交付を受け且つ取立済の上は取立金額を預金として保管する旨約したのであつて、同支店が本件小切手の取立前訴外人に二十数万円を支拂つたのは原告の危険において訴外人に貸金を爲したものと認めるを相当とする。

そして原告が本件小切手の支拂拒絶後もこれを所持し被告と交渉中小切手法第五十一條所定の期間を経過し時効によつて右小切手上の権利が消滅したことは当事者間に爭のないところであつて、本件小切手には参加人川北敬二の白地式裏書あるのみで同法第二十三條所定の如き單なる委任を示す文言の記載のないことも亦被告の爭はぬところである。よつて進んで斯の如く取立委任の目的の下に白地式裏書のある小切手を他人に交付した場合に受任者が小切手上の権利消滅による利得償還請求権を有するか否かについて判断すると、小切手の取立委任を受けた者が小切手上の権利を行使する場合その経済的効果は委任者に帰属するものであつて、受任者には独自の経済的利益が存しないから受任者に小切手上の権利消滅による利得償還請求権を認める必要のないことは利得償還請求権という制度の存在理由自体に徴して明らかであり、且つ右利得償還請求権は小切手上の権利と別箇のものであつて、小切手の取立委任に利得償還請求の委任を包含するものではないから、小切手金の取立の委任を受けた者は仮令裏書に取立委任なる目的の記載のない場合でも、利得償還請求権を有しないものと解するのを相当とする。

原告は預金として小切手の振出のあつた場合には、一定の区域内の小切手は受入によつて直ちに預金となり受入銀行は小切手上の権利を取得し、その小切手の不渡の場合には受入銀行は預金者に対し買戻を請求するか小切手上の債務者に対し償還請求を爲すかの選択権を有するものであつて、本件小切手には目的の記載なく且つ大阪市内の銀行渡の小切手であつて現金同様のものであるから、受入と同時に預金となり原告は小切手上の権利者となつたのであつて森田光治の預金の日は本件小切手受入の日と同一となつている旨主張するがその採用し難いことは前に説明の通りである。

以上の通り原告は本件小切手上の権利の時効消滅による利得償還請求権を有しないものであるから、その存在を前提とする原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十四條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 岩口守夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!